L'aube de l'horizon

ごきげんよう

司馬遼太郎『坂の上の雲』文春文庫

今回取り上げるのは謂わずと知れた国民的作品のこれ。

坂の上の雲〈1〉 (文春文庫)

坂の上の雲〈1〉 (文春文庫)

評価:★★★★☆

【あらすじ】
明治維新をとげ、近代国家の仲間入りをした日本は、息せき切って先進国に追いつこうとしていた。この時期を生きた四国松山出身の三人の男達―日露戦争においてコサック騎兵を破った秋山好古日本海海戦の参謀秋山真之兄弟と文学の世界に巨大な足跡を遺した正岡子規を中心に、昂揚の時代・明治の群像を描く長篇小説。

【全体的な感想】
日露戦争の戦記として捉えられることも多い本作だが、本来の趣旨は明治時代を生きた人々の精神を描くことにある。日露戦争の描写は、あくまでそれを描くための手段に過ぎない。今まで読んだ作品の中で、最も本作に雰囲気の近い『銀河英雄伝説』(銀英伝)が戦記の体裁をとっていながら、「腐敗した民主政治と清廉な専制政治のいずれが人類社会に寄与するのか」という政治的問題をテーマとして標榜したように。

と言っても、本作は日露戦争とその戦前の社会についての記述が大部分を占める。その内容は戦略戦術はもちろん、藩閥によって軍の人事が左右されていたという政治的状況、物資の輸送や補給といった兵站、外国債発行や増税を通じての戦費調達、ヨーロッパでの諜報・工作活動、マスメディア*1の買収を通じてのネガティブキャンペーンとといった、戦争に関するあらゆる要素を、豊富な史料や証言を基に、まさに360度の方向から描き切ったものである。

クラウゼヴィッツが「戦争とは政治の手段である」と言ったように、政治と戦争は密接不可分の関係にあることを改めて実感。乃木希典、伊地知幸介、ロジェストヴェンスキーといった一部の人物に対する描写など、不満点は皆無ではないが、人生や社会、歴史について見つめなおすきっかけとなった作品である。

【言葉】
総勢1000人以上にも上る登場人物たちの発言の中で、心に留まったものを紹介。

「だからいかにすれば勝つかということを考えてゆく。その一点だけを考えるのがおれの人生だ。それ以外のことは余事であり、余事というものを考えたりやったりすれば、思慮がそのぶんだけ曇り、みだれる」1巻201-202頁

これは陸軍騎兵中尉となった秋山好古が、大学予備門から海軍士官学校への移籍を考えていた弟の真之にかけた言葉。人生や国家について複雑に考える者も必要だが、自分は軍に入った以上、国を強くして戦争に勝つことが職分である、という趣旨の発言から続く。真之はこの兄の発言から自分を見つめなおし、軍人を志望する。

先に、本作は明治時代の人々の精神を描いた、と述べたが、それを如実に示すのがこの台詞の前後を含めてのくだり。こうした日本を欧米列強に匹敵する近代国家へと導かんとする直向きな精神のことである。この国民一丸の精神が、明治政府の掲げた富国強兵・殖産興業のスローガンを達成させ、日清・日露戦争の勝利をもたらしたと言っても過言ではない*2

この時代は現在と異なり、公益と私益が一致した稀有にして幸福な時代であった。この後、好古は言葉通り直向きに自らの職分に力を注ぐ。日本騎兵の編成と日露戦争での戦場の指揮にあたり、「日本騎兵の父」と呼ばれるに至る。

私は特に思い当たる節があるのだが、物事は単純に考えたほうが人生は上手くいくのかもしれない。余計な雑念に捉われたり、複雑に考えすぎて「下手の考え、休むに似たり」状態に陥ることもないから。本作では戦略や戦術は素人でも理解できるような単純明快なものが好ましい、ということを何度も触れているし、思考もシンプルかつクリアにしていかないとね。

「日本のいわゆる政党なるものは私利私欲のためにあつまった徒党である。主義もなければ理想もない。外国の政党には歴史がある。人に政党の主義があり、家に政党の歴史がある。祖先はその主義のために血を流し、家はその政党のために浮沈した。日本にはそんな人間もそんな家もそんな歴史もない。日本の政党は、憲法政治の迷想からできあがった一種のフィクション(虚構)である」2巻277頁

これは関税自主権の獲得など条約改正に尽力した小村寿太郎の政党論。19C末-20C初頭の日本では藩閥政治が主流で、選挙を通じて選ばれた政治家が国政を担うという意識が薄かった。当時の政党政治家は公益よりも私益を優先するために、政治体制はそぐわない、という趣旨だろう。

現在のわが国には、自民党民主党など既成の政党政治の迷走に失望、落胆している人も多いかもしれない。しかし、わが国が国民主権を標榜し、政治家が国民の代表として選ばれている以上、政治の迷走は我々国民の迷走である。国民も政治家も、自分のことで精一杯であり、公について考える余裕がないとも言える。

そう考えれば、これは今を生きる我々にとっても耳の痛い戒めであろう。本作と銀英伝の共通点については枚挙に遑がないが、こうして戦争だけでなく、政治について語るあたりは、まさにぴったりである。

「むしろ強兵であった。しかし日本に対してやぶれたおもな因は、双方の観念のちがいにあるらしい。ロシア人は戦争は人間個々がするものだとはおもっておらず、陸軍なら軍隊、海軍なら軍艦がするものだとおもっている。このため軍艦がやぶれると、もはや軍人としての自分のつとめはおわったものと思い、それ以上の奮闘をするものは、きわめてまれな例外をのぞいてはない。日本人は、軍隊がやぶれ、軍艦が破損しても一兵にいたるまで呼吸のあるうちは闘うという心をもっていた。勝敗は両軍のこの観念の差からわかれたものらしい」4巻77頁

日本海軍連合艦隊司令長官として日本海海戦を大将に導いた東郷平八郎大将が、日露戦争を振り返って発言したもの。日本兵が覚悟を決めて一丸となって戦っているのに対し、ロシア兵の士気と一体感のなさを指摘する。

作者は6巻93頁でもロシア兵は勝つ態勢まで兵力を整えない限り戦おうとせず、その状態で戦いを強いられても士気が沈滞することについて言及する。

私は名将というものを

物資や人員が制約された状況下で、如何に最低限の労力と物資で勝てるかを考え、実行に移せる者

と定義付けている。が、いざ実行に移すには、個々の将兵に「この人についていけば、絶対に勝てる」あるいは「この人を何とかしなければ」という半ば信仰心のような感情を想起させることが必要ではないか*3と考える。ロシアの将兵に欠けていたのは、まさにこれだと思う。

「自分はロシアを愛するが、しかしロシアの国体を好まない。一方、日本人については自分は将来、文明の重要な分子として尊重してゆきたい」7巻219頁

アメリカのセオドア・ルーズヴェルト大統領の発言である。日本の存在が国際的に認められるに至ったことを端的に表す。ここまでだと「やっぱ日本sugee!!!」で終わるが、同時に日本人の慢心と増長を見抜き、海軍の強化も考えていたあたり、彼の政治家としての資質が如何に傑出していたかが窺える。

この後ルーズヴェルトはハーヴァード大学での同級生であった金子堅太郎とのパイプを通じて日露両国の講和の斡旋をすることになる。

人物については、現在読書中の、同じ文春文庫から出ている『「坂の上の雲」人物読本』を読み終えてから詳しく触れる予定。

*1:この時代はイコール新聞と言っても過言ではない

*2:私はこの時代を必ずしも手放しで絶賛しない。夏目漱石が『それから』で主人公の代助にこの時代の欧米に追い着かんと邁進する日本を「牛と競争をする蛙」と語らせたように

*3:前者の例がナポレオンや銀英伝のラインハルトであり、後者の例が劉邦やヤン。ヤンは両方の感情を起こさせるとも言えるけど