L'aube de l'horizon

ごきげんよう

元高二病が語る高二病についてのちょっとした論考

高二病」という言葉を知ってから日は浅い。その定義は「中二病*1に対する反動として捉えられているが、いろいろと興味深い点が多いので、高二病について少し考えてみることに。以下に挙げるのは高二病の症状の典型例である。

1 物語やその設定のいわゆる中二的要素を必要以上に嫌悪する。
2 特に天才や美形といった派手な要素や特殊な漢字表記・ヴ行単語などに大きく反応を示す。
3 人気がある・有名な・流行している物や作品を嫌う。
4 理想や綺麗事を嫌い、悲観的な正論を好む。
5 最初から期待することをせず、前情報から粗探しに終始する。
6 努力や根性などといった泥臭い・渋い要素を好む。
7 ファンタジーなどの話に対して現実の面から突っ込みを入れ始める。
8 いわゆる綺麗な話よりも暗い、陰惨な話を好む。
9 ストイックを気取り、難易度の低い・簡単な物事をゆとり仕様と嫌う。
10 オタク的要素を嫌う。(ただし、オタク文化内における高二病の場合はその限りではない)
11 ブラックコーヒーを中二病と見下す一方で、自分はビールやワインを嫌って日本酒やウィスキーに走る。
12 自分は中二病なんかとは違うまともな存在だと思い込む。
ニコニコ大百科高二病」(http://dic.nicovideo.jp/a/%E9%AB%98%E4%BA%8C%E7%97%85)より引用。数字は引用者による

もう一つ。

1 少しマイナーな洋楽を聞き始める
2 いわゆる大衆向けの商品・作品を嫌うようになる
3 何事にも冷めた見方をする
4 徹夜などの苦労を自慢する
5 体育会系思考を押しつける
6 新しい物事を否定するようになる
7 善行をするのは偽善と嫌う
8 何事にも期待しなくなる
9 やってもどうせ無理だと思っている
10 洋ゲーにかぶれだす
11 過剰な中二病認定
はてなキーワード高二病」(http://d.hatena.ne.jp/keyword/%B9%E2%C6%F3%C9%C2)より引用

引用した内容について検討してみると、高二病は次の4つの主義から成り立っていると考察できる。

1.悲観主義
高二病を支える最も主要な考え方であるのが、悲観主義である。先ほど取り上げたニコニコ大百科(以下、ニコ百)の2、3、8、はてなキーワード(以下、はてな)の1、6、8、9に該当する。以下取り上げる反理想主義、反非合理主義、権威主義も、その根底には悲観主義が横たわっている。自信があればわざわざそういう態度をとらずに済むから。

悲観主義とは文字通り、あらゆる物事をネガティブに捉えること。「どうせ何をやっても無駄」といった無力感と、理想に基づいて現状を変えようと奮闘する者への苛立ちと羨望である。現状に不満を抱える一方で、現状を変えようとする志を持てないことに対する自分への無力感や劣等感を、そういった志を持つ者の足を引っ張ることで誤魔化そうとしているのだ。メジャーなものを嫌い、マイナーなものを好むのも、自信のなさを、手っ取り早く「通」として認められることで埋めようという欲求の裏返しである。

私は高二病と悲観主義が不可分の関係であるのは、高二病が「アンチ中二病」としての概念である以上必然だと考える。中二病を否定しただけで、それに代わるオルタナティブの自己像を確立できず、自信を持てないままでいるのだから。

2.反理想主義
ニコ百の4、はてなの7が該当する。

これは一見すると現実主義とも思えるが、そうではない。夢や理想を持つ者に対し「勘違いするな」、「偽善者め」、「綺麗事を言うな」、「現実を見ろ」と過剰に攻撃する。中二病が「カッコいい自分」を目指す理想主義なら、高二病中二病を否定することで「現実を見ている俺って賢い」、または「偽善や綺麗事を否定する俺って真の善人」だと思いたいだけ*2の反理想主義でしかない。そういう意味で、似非現実主義と表現もぴったりである。

もちろん、地に足が着いていない理想主義者を批判することは間違っていない。だが、何のために彼らを批判するのかを見失ってはならず、「批判のための批判」など以ての外である。

3.反非合理主義
ニコ百の1、5、7、9はてなの3が該当する。「硬派厨」という概念と通じる部分がある。

高二病患者はとにかく論理によって理解し得ないものを蛇蝎の如く嫌う。直感とか占いのような非合理的なもの、映画、漫画、アニメ等の設定の矛盾や欠陥、脚本上のご都合主義を許容できない。それが瑣末なものであっても。そして、どや顔でその非整合性を指摘する。それは、悲観主義の項目で取り上げたマイナーなものを殊更好む点と同じように、「通」として認められたがることに通じる。人の悪口や欠点を話すのが好きな人と同じメンタリティである。

これに該当する言動としては「映画、漫画、アニメ等の必要以上に難解な解釈・考察を好む」、「『最近の作品は萌えオタに媚びている』、『美少女はいらない、渋いオッサンの出番を増やせ』というような発言」といったものもある。

4.権威主義
ニコ百の6、11、12、はてなの4、5が該当する。「弱きを助け、強きを挫く」ならぬ「弱きを挫き、強きを助ける」的発想のことである。

中二病には「盗んだバイクで走り出す」という尾崎豊的な反権威主義的一面があるが、高二病は現状を追認し、自分よりも強く、社会的に上位にあるもの、すなわち権威に寄りかかることで自己肯定する一面がある。

意外にも権威やルールには従順で、それを唯々諾々と受け入れることを是とする。そのほうが権威やルールに抗って生きるよりも楽だから。中二病的な不満の解消法が「世の中クソだな」と言うことなら、高二病的な不満の解消法は「世の中クソと言う奴はクソだな」である。

それがニコ百の項目で言う、オタクのようなマイノリティ(あるいは、社会的に下位にあるもの)に対する攻撃や、苦労話を好むという言動として表れる。わかりやすい例は、ブラック企業の社員が上司や会社といった、社会的に上位にあるものへの批判は口にせず、フリーターニートのような、自分よりも社会的に下位にあるものへの攻撃を不満の捌け口とする行為。

逆に「今日もサービス残業したぜ」、「これから連続で徹夜する」と苦労自慢をして積極的に現状を肯定しようとする。また、「生活保護制度なんか廃止しろ」、「俺がこんなに苦労しているのに、お前は楽している、許せない」といった具合に自分より弱い立場にあるものに対して高圧的な態度をとる。

まとめ
唐突な話になるが、ここまでいろいろと高二病について語れるのも、自分が高二病だったから。過去の自分に対する嫌悪感に基づいているから、まるで過去の自分のことを語っている気分だった。

といっても、自分は高二病の後遺症から完全には脱却できていない。自分をもっと信じたいと思う一方で、猜疑心ばかり強くて、未だに高二病時代に代わる、あるべき自分の姿を見出せていない。この記事も、反高二病的精神の域を出ないものなのだろう。

結局のところ、中二病高二病も、思春期のアイデンティティの揺らぎから、自信を喪失している状態、という点は同根である。自信のなさを、「自分は特別な存在」と思い込んで自分の内側から克服しようとする中二病と、過去の自分を含めてそう思い込んでいる者を攻撃し、自分の外側から補填しようとする高二病、という違いはあるが。

実際のところ、「俺って賢い、俺は天才だから」と考える中二病のほうが、「俺って賢い、世の中馬鹿ばっかだから」と考える高二病よりもよっぽど社会に貢献している。学問も技術も芸術も宗教も猜疑心や足の引っ張り合いによってではなく、自分への自信(勘違いを含む)やそれに基づく行動によって進歩してきたのだから。

*1:本項の「中二病」とはサブカルチャー分野で人口に膾炙している、いわゆる「邪気眼」ではない。「ブラックコーヒーを飲む」とか「J-POPを嫌い、洋楽を聴く」といった、伊集院光が提唱する本来の意味での「中二病」である。「若気の至り」とか「若さゆえの過ち」とも言い換えられる。

*2:自分は賢いとか真の善人だと思い込んでいるのではなく、自分を賢い人間として扱ってほしいと思っている、という点がポイント。自分の無力感や劣等感を自覚しつつ、こうした言動をとるのが高二病の特徴。