銀河機攻隊マジェスティックプリンス
まともなブログ更新は久しぶり。Kamikamiです。今回は今年に入って特に素晴らしいと思ったオリジナルアニメのについて語ります。
ザンネンだっていいじゃない
span class="deco" style="font-size:x-large;color:#FFFF00;">今年のアニメの中ではトップクラスの出来。12話まで放送された頃、ニコニコチャンネルで1-12話まで無料配信されていたのを機に見始めたけど、緻密かつダイナミックな戦闘シーンとキャラクター同士の織り成すドラマに引き込まれた。制作陣は「ガンダムでもエヴァでもないロボットアニメ」を追求して作ったそうだが、まさにその思いが遺憾無く表現されていたと思う。私にとってはガンダムもエヴァも「面白いけど別に好きじゃない」という作品だったのではあるが。
さて、本作のキャッチフレーズは「誰もがザンネンで、誰もがヒーロー」というもの。この手の作品で「ヒーロー」を標榜することは珍しくはないが、何が「ザンネン」なんだろうか。今回はこのキャッチフレーズに沿って、二つの切り口から「マジェプリ」について語っていこう。
シリアスとギャグの絶妙なバランス
本作の最大の持ち味は戦闘をはじめとしたシリアスなシーンでもどこかコミカルな要素が含まれていることと言ってよい。ボケとツッコミを軽く言ってみたり、目が点にデフォルメ顔になったり、汗を流して呆れてみたり。こういったことを日常のシーンはもちろんのこと、戦闘シーンでも頻繁に取り入れている。
このワンクッション置く個性的な演出が本作を印象深く見せてくれた。特に人懐こく甘えん坊で幼い印象の強いタマキは本作のバランサーとして大活躍していたと思う。イズルもあまり上手くない絵を描くし、アサギも盆栽が趣味だし、アタルも銃器オタクだし、ケイも極度の甘党だし、途中参加のアンジュも二重人格だったりと、みんなザンネンというか、コミカルな一面を持っている。
特にそうした演出が活きたのは、最終24話でイズルが身の危険を案じて出撃を禁じられたにもかかわらず、上官命令を無視して出撃した後、チームラビッツの4人になぜ出撃したのかを問われ、「ヒーローになりたい」と答えて「結局それかよ!」と4人のぴったり息の合った突っ込みを入れた場面。素晴らしいシーンなのにどこかザンネン。
なぜそういったシーンも私は違和感なく見ることができたのか。それはひとえにチームラビッツ5人の友情と信頼関係の厚さによる。人工衛星の設置と護衛、マスコミや市民の前でのタレント活動、事故を起こした宇宙船の乗客乗員の救助といった地道な活動*1から戦争まで丹念にこなし、その度に連帯感を強めていくという下地がしっかりしていたからだと思う。
ロボットものと戦隊ものの長所を兼ね備える
先程、チームラビッツの5人のチームワークについて述べたが、本作の人間関係はもっと広く、深い。チームラビッツが搭乗する戦艦ゴディニオンのスズカゼ艦長をはじめとした上官として、人生の先輩として頼もしい存在、チームラビッツの先輩格でウルガル戦で健闘するも作中3人のうち2人が戦死したチームドーベルマン、血の繋がった実の家族と縁を切り離され、その記憶も消された5人にとっては家族同然の個性的なピットクルー。メカニックな描写も含め、こうした人間関係はロボットアニメならではだと思った。みんなにザンネンなシーンとヒーローになった見せ場があった。
ロボットアニメと言えば迫真の戦闘描写は不可欠だ。今までシリアスさとコミカルさの絶妙なバランスについて強調してきたが、無論コミカルなしのガチな戦闘シーンも見逃せない。それゆえ度々繰り返されるイズルとジアートの対戦の熱気と迫力が際立った。
また、戦隊もののようにチームラビッツの一人一人が色分けされ、機体(アッシュ)に得意分野が割り当てられていたのも特徴的だった。リーダーとして汎用性に優れたイズルのレッド・ファイブ、近中距離を得意とするアサギのブルー・ワン、索敵とナビゲーションを主に担当するケイのパープル・ツー、耐久力の高いタマキのローズ・スリー、遠距離攻撃に長けたアタルのゴールド・フォー、そして全ての長所を併せ持つアンジュのブラック・シックス。
人類の敵であるウルガルも戦隊ものの「悪の組織」のような癖があって、敵役として魅力的だった。戦争を「狩り」に例え、人間を「ラマタ」*2と呼ぶ、基本的に好戦的な種族だが、ドルガナのように忠義に篤い歴戦の猛将、ルメスのような慎重派、テオーリアのように人類との和解を目指して人類に情報や技術を提供する者もいる点は注目すべき。ウルガルのエネルギー兵器の跳弾を操作して敵にお返しするオーバーテクノロジーは何なんだろう。