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L'aube de l'horizon

ごきげんよう

天元突破グレンラガン

アニメ SF レビュー

一昔前だったらそれほどはまることはなかったかもしれないアニメ。

歌舞伎のようなアニメ

この「天元突破グレンラガン」を見て最初に思ったのは、このアニメは歌舞伎のDNAを受け継ぐ作品なんだな、ということだった。戦場(いくさば)で「俺を誰だと思ってやがる!」と歯切れよく自分の意気込みや生き様を語る名乗り、荒事のような大立ち回りを演じる戦闘シーン、「無理を通して道理を蹴っ飛ばす」というグレン団の咆哮が聞こえてきそうな粗削りだがスピード感のある熱い展開。特に真新しくはないが、歌舞伎が大衆娯楽として命を吹き込まれた頃から積み重ねられてきた「王道の熱い展開」を現代のロボットアニメの文脈に落とし込んだのが本作だと思っている。このような外連味のある演出は、中途半端だと白けるが、ドリルで風穴を穿つが如く全力でやり抜くと見ていて本当に気分が爽快になるものである。21世紀に入ってこんなに愚直で泥臭い、だが熱い闘いを描いたアニメに引き込まれるとは思いも寄らなかった。

特に見ていて感心したのは、主人公シモンの生き様である。地上を獣人に支配されて人間は地中で暮らしていた世界でも、シモンの兄貴分のカミナは地上に憧れ、地中でも上を見る生き方を続けてきた。そんなカミナは内気で穴掘り以外能がない(と言われていた)シモンを馬鹿にせず励ましてきた。シモンがガンメン*1を掘り当てたことで仲間を増やしてグレン団を結成 シモンを『水滸伝』の主人公・及時雨宋江とするなら、カミナは托塔天王晁蓋のポジションにあるのだと思った。グレン団の面々もどこかアウトローっぽくて、梁山泊の英雄好漢たちを思い起こさせる。

カミナは戦いの中で戦死を遂げる。その死を悲しむと共に自分がカミナのようにはなれないことを思い知って半ば引きこもりのようになるも、ニアとの出会いをきっかけに立ち直る。その際の名乗りが11話の

穴を掘るなら天を突く! 
墓穴掘っても掘り抜けて 突き抜けたなら俺の勝ち!
俺を誰だと思っている!俺はシモンだ!
カミナの兄貴じゃない!俺は俺だ!穴掘りシモンだ!

というものだが、カミナとは異なる自分の生き様を提示したみせたという点で、非常に意義深いシーンである。この名乗りもリズム感があって、聞いていて実に心地よい。

歌舞伎のようなアニメ

本作は大別して4部構成だが、それぞれ起承転結の役割を担っている。話の転機を迎えるのが起承転結のまさに「転」にあたる3部。1部と2部はノリと勢いで乗り切った感があるが、2部から7年後の3部に入り、今までノリと勢いに任せて戦ってきた弊害が表沙汰になる。

地上に住処を取り戻した人類のリーダーになったシモンだが、ここにきてアンチスパイラルという真の敵の襲撃を受ける。最高司令官というリーダーがグレンラガンを駆って戦場に立ったことで混乱を招き、人々の反感を買う。グレン団が今まで通りアウトロー集団だったらまかり通っていただろうが、統治を担う政権となってしまえばそうもいかない。その後のゴタゴタを経て、シモンは今まで幾度も戦場で対峙してきたライバルの獣人ヴィラルと手を組むことになる。ヴィラルは私が本作で一番好きなキャラであることもあり、本作の名乗りの中でも特に好きなので挙げてみたい。

人と獣の二つの道が 捻って交わる螺旋道!
昨日の敵で定めを砕く!明日の道をこの手で掴む!
宿命合体!グレンラガン
俺を誰だと思ってやがる!

結局この後シモンはグレン団を率いてアンチスパイラルとの決戦に赴くことになり、作風も2部以前と同じようなものになるが、そうでなくては「天元突破グレンラガン」たり得ないのかもしれない。

閑話休題

ここで本作についての雑多な所感について少し述べておきたい。

まず特筆すべきことだと思ったのは、本作の固有名詞のネーミングセンスである。カミナは上(かみ)でシモンは下(しも)、ロシウは後(うしろ)、ニアはnear(近い)、ヴィラル(Viral)についてはライバル(Rival)のアナグラムである。極めつけ、グレンラガンの量産型にあたるグラパールに至っては「グレンラガンがいっぱいある」である。一見適当な命名法をとっているのに、どこか本質を捉えているあたりがグレンラガンらしい。

あとは3部~4部の宇宙を舞台にした世界観である。グレンラガンの最終形態「天元突破グレンラガン」が銀河と同じ程度のサイズになり、銀河を投げつけてアンチスパイラルと戦う、というシーンは本作を見る前から話題になっており、知ってはいた。その中で複数の時間軸を行き来するが、その中でカミナが

行け、シモン
「もし」とか「たら」とか「れば」とか、そんな思いに惑わされんな
お前が選んだ一つのことが、お前の宇宙の真実だ

と言ったのが強く印象に残っている。多元的な時間軸が存在し、様々なあり得た可能性を選び取れる中で、後悔なく自分の道を選べ、というメッセージは同じくGAINAXアニメである「放課後のプレアデス」に通じるものがあるように思った。
kamikami3594.hatenablog.com

その後、カミナが「背、抜かれちまったな」とシモンに語ったシーンは、自分の道を模索しながらもずっとカミナの背中を追い続けてきたシモンの生き様に思いを馳せると込み上げてくるものがある。

1話の「天の光はすべて敵」、最終27話の「天の光はすべて星」*2もそうだし、SFへのこだわりが強いGAINAXらしい。

起承転結

先に述べた通り本作は起承転結の4部構成である。シモンがカミナと共に地上に飛び出してグレン団を結成した1部、カミナの死とニアとの出会いを経て成長するシモンとグレン団の闘いを描く2部、その7年後に真の敵の正体が判明する3部、今までの集大成となる最終決戦が繰り広げられる4部。各回冒頭のナレーションも以下の通り部によって異なっており、一人の男の生涯を追うものになっている。各回のサブタイトルはその話中のキャラの台詞を引用したものになっているが、字体がその言葉を発したキャラによって異なっているのが心憎い演出だと思った。

1部 「これは己の運命を知らぬ男の物語」
2部 「これは運命と戦い続ける男の物語」
3部 「これは運命に裏切られながらも自分の道を探し続ける男の物語」
4部 「これは戦闘因果に支配された宇宙の運命に風穴を開ける男の物語」

最終27話で放浪を続けて歳を重ねたシモンが宇宙へと飛び立つグレンラガンとグラパールを眺める少年に語り掛けるシーンがあるが、この時の老シモンを演じるのは1話からナレーションを続けてきた菅生隆之*3である。シモンという男の生き様が、この本作最後のシーンに凝縮されており、それまでストーリーを追ってきた私としても万感が胸に迫る思いがした。

またもや長々と語ってしまったが、最後はアンチスパイラルに止めを刺し、完全燃焼した際のシモンの口上で締め括りたい。

覚えておけ!
このドリルはこの宇宙に風穴を開ける
その穴は後から続く者の道となる
倒れていった者の願いと後から続く者の希望
二つの想いを二重螺旋に織り込んで明日へと続く道を掘る!
それが天元突破!それがグレンラガン
俺のドリルは天を創るドリルだぁあああ!

*1:本作世界における搭乗型ロボットの総称

*2:同名のフレドリック・ブラウンSF小説がその由来。宇宙への情熱が失われた世界で、情熱を忘れずロマンを追い求める57歳の宇宙飛行士の姿を描く

*3:1話から若いシモンを演じるのは柿原徹也である