行雲流水

ごきげんよう

20170916-18_広島(広島・呉・福山)

新幹線での移動を終え広島県に初上陸した旅の思い出。兵庫県より西側まで旅したのは人生初。

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三原駅で乗り換えた呉線で呉駅を目指す1時間30分ほどの道のり。車窓からは瀬戸内海が見えた。  

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目的地その1、呉に到着。 蛸の町として知られる三原で買ったたこめしは美味だった。海産物が好きな余としては満足じゃ。

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前々から訪問したかった大和ミュージアムこと呉市海事科学館。エントランス前には戦艦陸奥の主砲、錨、スクリューを展示。

大和ミュージアム戦艦大和に関する展示の他、海軍に関する文書や写真、艦旗、制服といった文物の展示が非常に充実していた。造船と海軍の街として発展した呉市の歴史のあゆみや、沈没した大和の調査の特別展も印象的だった。

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縮尺1/10の大和の模型はやはり見応えがあった。このサイズでも十分すぎるほど伝わってくる威容だった。

大和に関する展示の中で忘れられないのが坊ノ岬沖海戦で大和と運命を共にした臼淵磐少佐の言葉である。日本の新生の先駆けとして散り、日本の未来を英霊として見守る。臼淵少佐は21歳を一期として幽明境を異にしたが、本来であれば彼のような人こそ未来を担うべきであったことを考えると痛ましい。

「進歩のない者は決して勝たない 負けて目覚める事が最上の道だ 日本は進歩という事を軽んじ過ぎた 私的な潔癖や徳義に拘って、本当の進歩を忘れてきた 敗れて目覚める、それ以外にどうして日本が救われるか 今目覚めずしていつ救われるか 俺達はその先導になるのだ。 日本の新生に先駆けて散る。まさに本望じゃあないか」

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次に立ち寄ったのが大和ミュージアムの道路の向かい側に位置するてつのくじら館こと海上自衛隊呉史料館。なんと入館無料。海上自衛隊湾岸戦争の際にペルシャ湾で行った掃海(機雷除去)について大いに勉強になった。ペルシャ湾掃海作戦では無事に犠牲者を出さずに済んだものの、戦後間もない頃の掃海作業では数十人単位で殉職者が出るような死と隣り合わせの作業であることがよく分かった。

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あと、正面にある潜水艦あきしおの中は一般開放されており中に入れた 。小学生時代のボーイスカウト活動の時に横須賀の基地で護衛艦の見学をしたことがあるが、その時のことを少し思い出す。
 
最後に呉市について。全体的に「この世界の片隅に」推しだったなあ。  

広島

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ようやく広島に到着。ここまで長かった。  

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宿泊先にチェックイン後は市内を散策。広島駅にほど近いマツダスタジアム最寄りのローソン。カープの本拠地の前ではローソンも赤くなる。カープの優勝がかかった試合の直後だっただけに人が多かった。

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名店「村長の店」で頂くお好み焼き。ボリューム満点の広島名物お好み焼きに、これまた広島名物の牡蠣をトッピングするという欲張りな組み合わせ。牡蠣が美味すぎた。この界隈は広島市街の中でも新天地と呼ばれる繁華街で賑わっていた。

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翌朝。台風18号が接近中だったため断念。午前~昼の間に平和記念公園、平和記念資料館、広島城に寄って、午後はホテルで過ごす予定を組む。が、広島城は今日は台風の接近により休館。平和記念公園方面に向かうことに。  

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はだしのゲン」「この世界の片隅に」など広島を描いた作品に度々登場する相生橋。そして広島電鉄路面電車区間。街中ではバス停と変わらない間隔で駅(停留所)があるので、停車中の車輌にも何度もお目にかかれる。意外と長い。

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原爆ドームこと広島県産業奨励館。原爆の惨禍を後世に伝える遺構にして世界遺産。悪天候にもかかわらず見物人が多かった。

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中学時代の英語の教科書にも登場した佐々木禎子像。禎子さんが13歳で原爆の後遺症としての白血病で亡くなったためか、年代の近い小中学生の絵やメッセージが多く飾られているのが印象に残った。

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広島平和記念公園広島平和記念資料館。自らを国際平和文化都市と位置付ける広島市の象徴とも言える場所。数々の資料や遺留品、展示が原爆被害の悲惨さはもちろんだが、それ以上に見事復興を遂げた広島の力強さを雄弁に物語っていた。

原爆ドーム平和記念公園を見て回って意外に思ったのは、アメリカ人と思しき白人の観光客が多かったこと。おそらくオバマ大統領が公式に広島を訪問したことが大きく響いたのだろうが、そう思うと大統領の影響力はすごいと思う。逆に中国系を中心としたアジア系の外国人の姿をあまり見なかった。
 
このあたりで雨風が本格的に強くなってきたため、速足でホテルに戻る。前日朝早く出て歩き回ったこともあり、休息を身体が求めていた。

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台風一過となった最終日は朝一で昨日休館した広島城に寄る。毛利輝元が築き、後に浅野氏の代々の居城となった城。現在の天守閣、門、櫓は戦後復興したもの。鯉城という通称があり、広島東洋カープの名称はこれに由来する。天守閣は博物館になっている。櫓や門は当時の工法を再現したもので、天守閣の外観も風格があっていい。中の甲冑の展示が興味深かった。虫に蝶や蜻蛉や百足をあしらったものもあって、当時の侍も童心を忘れなかったことに気付く。

以下、広島城内のスポット。

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広島県の偉人・池田勇人首相の銅像所得倍増計画を掲げ、戦後の国民生活の水準向上に貢献した政治家が広島から出るのは何とも象徴的だ。

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日清戦争時に明治天皇広島城内に設置した大本営の跡。いわゆる大本営発表はここではしなかったはず。

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広島県の戦死者や動員中に原爆等で亡くなった学徒を祀る広島護国神社カープの選手も参拝に来るらしい。

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広島城天守閣から眺める広島市内の景色。

福山

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この旅最後の目的地。広島県福山市広島県第二の規模の都市ながら、知名度が振るわないが歴史ある魅力的な都市。一応広島県に属してはいるが、岡山県との県境の都市であるためか、都市文化圏としては岡山県との関係の方が深い。広島市より岡山市の方が近いし。

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徳川家康の従弟水野勝成が築いた福山城天守閣や一部を除く櫓は太平洋戦争で焼失後再建されたもの。福山藩は10万石の藩ながら城郭の規模は西方の要所にあるため大きかったという。例によって(?)、天守閣内は博物館となっている。内装は昭和期に建てられたコンクリート造りの学校のようでどこか懐かしかった。

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福山城天守閣からの眺め。1枚目をよく見ると奥に瀬戸内海が見える。

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幕末の福山藩主にして老中筆頭として日米和親条約締結の立役者となった阿部正弘銅像江川英龍勝海舟を登用して海防を強化させた若き老中であった。城内の展示も阿部正弘に関する展示が多く、推され気味だった。

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バラ公園。戦後、福山市は街を挙げてバラの街であることをPRしている。季節が外れていたためか咲いている薔薇は見られず…。

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バラ公園を後にし、急ぎ足で新幹線に乗り込む。さらば広島県。次は宮島に行くぞ!