行雲流水

ごきげんよう

リズと青い鳥

写真は新宿ピカデリーで撮影したパネルとポスター。結局4月中に見たのを機に5月、6月、7月と計4回劇場に足を運ぶことに相成った。

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感情表現の粋を極める豪勢さ

というわけで宣言通り「リズと青い鳥」を見てきた。『響け!ユーフォニアム』の「波乱の第二楽章」の後編にて同名の童話を題材とした合奏曲「リズと青い鳥」のオーボエとフルートのソロパートをそれぞれ担当することとなった鎧塚みぞれと傘木希美のエピソードが原作。

山田尚子監督のインタビュー記事での「一挙手一投足から感情が溢れる作品」という評価がまさにドンピシャだった。しっとりとした透明感がありながらも、みぞれと希美、2人の感情の形の違いや温度差を生々しく表現する奥行きのある傑作だった。

印象深いのはみぞれの表情や仕草で、見ていて飽きがこなかった。特に彼女が物憂げに俯いたり、安堵して目を細める表情が好き。わざとらしくない適度な婀娜っぽさがあった。瞳の揺れ動きや息遣い、視線の投げ方といった登場人物の表情や仕草の一つ一つがここまで雄弁で意味を豊かに湛えたアニメは未だかつて見たことがない。

disjointからjointへ

本作で主に描かれたのはみぞれと希美の互いに向けた感情の温度差に尽きる。それは課題曲「リズと青い鳥」のソロパートを任された時点で演奏の本番を楽しみにする希美に対して、本番が終わることを機に希美が自分から離れていくことを危惧するみぞれが「本番なんて一生来なくていい」と呟いたように対照的に描かれた時点で歴然としていた。

二人のどこか噛み合わない関係に転機を招いたのはダブルリードパートの後輩・剣崎梨々花と、ご存知『響け!ユーフォニアム』本編の主役・黄前久美子高坂麗奈夫婦二人。作中の描写から梨々花は無口で素っ気ないみぞれと上手く関係を築いていったし、くみれいの二人は「じゃあ元気でな」と青い鳥を見送らんばかりのソロパートの演奏を実演してみせた。その時のくみれいは王者の栄光と貫禄に満ち溢れていた。今後も脇目も振らず百合の王道を堂々と驀進してほしい。王者に敗北は似合わない。

話が脇道に逸れたので戻ろう。二人の少女の関係を描いているという点で本作は百合要素が濃厚だが、同時に一筋縄ではいかない作品である。大事にしていた青い鳥を離してしまうリズの気持ちがわからないことを訴えるみぞれに対して新山先生がアドバイスした通り、彼女は好きな人を大切にしすぎ(婉曲表現)だった。本編小説2巻(アニメ2期)で明かされていた通り、みぞれは希美を意識することで初めて感情の込もったオーボエの演奏ができたのだ。久美子曰く「淡白」ながらもみぞれが希美が退部した後もオーボエを続けて来たのも、オーボエが無口で孤立しがちだった自分とそんな自分に声をかけてくれた希美をつなぐものだから。本来的にみぞれにとってはオーボエは手段であり、目的はあくまでも希美だったのだ。希美の側はここまで語ってきたみぞれから向けられる特別な感情に対して無頓着で、他の百合作品だったら修羅場にもつれ込むこと請け合い。「希美のことが好き」に対して「みぞれの“オーボエが”好き」と返すあたりが二人の視点、二人の関係を端的に物語っている。

個人的に強く注目したのは、みぞれも希美も互いにとってのリズであり、青い鳥である、という二重構造を取っている点である。みぞれは青い鳥(つまり希美)を手許から離さないよう「相手を大切にしすぎる」リズだし、一方で希美は自分が嫉妬や挫折感からみぞれの演奏を麗奈をして「窮屈そう」と言わしめ、みぞれを青い鳥を鳥籠に閉じ込めるような状態にしてきたことを「大好きのハグ」のシーンで明かす。一度思い違いにより関係が疎遠になったがゆえに再び疎遠にさせたくない、自分の方が音楽に真剣に取り組んでいるのにいつの間にか実力で彼女に追い抜かれたから(でも彼女の演奏(オーボエ)は好きだから)今のままでいてほしい、という互いの思いがここに交錯する。

自分より才能のあるみぞれに対する劣等感や嫉妬心に対してまで大して自覚していなかったあたり、ただの無自覚型ヒロインではなかった。音楽の才能はあるものの、他者とのコミュニケーションが苦手なみぞれとコミュニケーション能力があって友達が多いけどみぞれほど音楽の才能はない希美、という構図から見ると希美の側にも感情移入できてしまう。みぞれと違って自分だけ新山先生に声を掛けられなかったことを気にしたり、音大を受験することを吹聴していれば自分に箔が付くと背伸びしたりしていたあたり、妙に生々しい。凡人の嫉妬ということで人間臭さ芬々だ。よくよく考えれば、自分が音楽に誘った相手が自分を追い抜いて自分より上手に演奏するようになったとか、劣等感を抱くには十分すぎる。そのあたりも誤魔化さずに描き切ったあたり、本作はすごい。

紆余曲折は経たが、二人で本気のソロパートの演奏を見せつけ、互いを鳥籠に閉じ込め合う共依存から脱却して互いに異なる道を歩み始めたことで、二人の関係はdisjoint*1からjointとなった。希美が部活に復帰した件でのぞみぞの仲が修復しただけで一件落着とはならず、今回のソロパートの演奏を経てようやく温度差が埋まったというあたりにリアリティを感じる。

既存の作品との対比で言うと、二人の関係の形の相違や温度差の苦悩を描く、という意味では『安達としまむら』が近いと思った。いやまあ、鎧塚みぞれには安達桜のように文庫本ににして数ページにもわたって意中の相手に思いの丈を滔々と語るほど能弁ではないが。そして、終盤の「大好きのハグ」のシーンは完全に「神無月の巫女」のオマージュだった。違うとは言わせない。

結局のところ何が一番言いたかったかというと、生まれ変わったら水槽の中のミドリフグになってみぞれに養われたい人生だった。

P.S. 岩波文庫に「リズと青い鳥」はないんだよなあ。チルチルとミチルが登場するメーテルリンクの『青い鳥』はあるけど
P.S.その2 のぞみぞが幼なじみだという原作やアニメの設定はどこに行ったんだろう。「リズ」の描写を見る限りそうは思えなかった

*1:意味は「互いに素」。互いに1以外の共通の公約数を持たない関係のこと。隣り合ってはいるが噛み合っていない二人の関係性を示唆している。みぞれが受けていた数学の授業でも触れていた