行雲流水

ごきげんよう

若者が『社会的弱者』に転落する

若者が『社会的弱者』に転落する (新書y)

若者が『社会的弱者』に転落する (新書y)

タイトルが全てを語る本。「パラサイト・シングル」は単に根性や、やる気が無いから親に依存しているのではなく、産業構造の変化(製造業の衰退、学生アルバイトの増加、産業の空洞化)に伴う労働市場の悪化、家庭環境の変容による離婚・再婚の増加、職業に必要とされる教育水準の上昇、政府の若者への自立支援削減、世代間の所得格差の増大などといった諸要因からやむを得なく依存している。

親は子どもの唯一の責任者として、子どもの出来、不出来が世間に評価される一方、子どもの意思を尊重しなければならないという矛盾が親の子育てへの不安や恐怖を強めている。しかも、そういった悩みを社会問題として共有しようとするのではなく、個人や家庭の問題として押し込める傾向も強まっている。

上記の「パラサイト・シングル」の問題と併せて考えると、あらゆることは「自己選択」、「自己責任」となり、社会が責任を負わない仕組みが形成されていると言える。「子どもがおかしい」、「若者が変わった」との原論はいつでも喧しいが、それは家庭・学校・地域などの環境変化の累積が生んだものだそうです。今から4~50年以上前は今よりも若者による犯罪が多かったのは犯罪白書を見れば明白である。

後半では「教育のコストは本人負担」、「学生の仕事を将来の職業につなげる」、「社会に若者を託し、若者が自分を試す期間を用意する」といった提言をしている。ここまで根深いのに、気付く人や知ろうとする人が少ない「若者」に迫る危機を浮き彫りにした本はなかなか無い。しかも、この本は「ニート」という概念が日本に輸入される前に書かれた本である。著者は先見の明があると思う。