行雲流水

ごきげんよう

PrayForKyoani

去る7月18日の京都アニメーション放火事件でお亡くなりになった方々にお悔やみ申し上げます。そして、心身に傷を負われた方々の一日も早いご恢癒を祈念致します。

www.kyotoanimation.co.jp

悲しみに沈んだ日々

暇さえあればSNSで名前や関係した作品を知っている社員の安否情報を確認する日々。根拠に乏しいとわかっていながら、無事であることを確認して安心しようとしました。「響け!ユーフォニアム」を筆頭に京アニ作品にはお世話になっていたし、総じて業界ごとブラックと言われるアニメ業界内でも待遇面で屈指のホワイト企業とされており、手掛ける作品のクオリティだけでなく企業理念や姿勢も高く評価していたので尚更です。

京アニの名声を轟かせた「涼宮ハルヒの憂鬱」は私のオタクライフの原点であり、今でも特別な作品の1つです。キャラクターの演技や表情から、舞台となる西宮の街並みの背景まで、アニメの醍醐味が詰まった内容を今でも忘れることができません。ハルヒ役の平野綾氏やキャラクターデザイン担当の池田晶子氏は私のアニメ遍歴を語る中でも欠かすことのできない方です。そして、私にとって京アニは単なる一アニメ会社ではなく、間違いなく生活の一部でした。

そういう状況もあり、ネット上特にTwitter*1でのツイートは当面自粛しました。では今の自分は何を呟くか自分自身でも予測が付かないし、人の不安を煽るツイートや出所の怪しいツイートをリツイートしかねなかったためです。そういう雰囲気作りに加担したくなかった。

今回の事件を通して痛感したのは、悲しんだり憤ったりするのにもエネルギーが必要であることです。感情を働かせることすらしんどい。一人の悪意に基づく凶行により、過去の作品のデータも、現在制作中だった作品も、将来有望なクリエイターの未来も、一切合切が瞬く間に灰燼に帰してしまった。八田社長も語った通り、まさに断腸の思いでした。

それに追い打ちをかけたのが、巷間の心無い発言の数々です。犯人を在日認定する、犯人は生きる価値がないから死ね、などのしょうもないツイートはその筆頭です。被害者の安否より先に「またオタクが叩かれるから勘弁してくれ」という自己愛と被害妄想にまみれたツイート。気の利いたことを言おうと今回の事件を絡めた不謹慎な発言をする京都市長や国会議員。こういったものも見ていて身を引き裂かれるようで苦痛でした。考えるだけで疲弊する。放っておいてくれ。

また、自分の職場が同じように襲われたとしたら、と想像すると居た堪れませんでした。事件の現場がアニメーション制作会社ということも話題になりましたが、一般の一民間企業が標的になった以上、日本全国どの職場にも起こりうると考えると、気が気でなりません。軍事施設のようなテロの標的になることが想定されるような建物は別として、一般の企業の施設ではガソリンを撒かれて火を点けられればひとたまりもないことを痛感した次第です。

今でも実写アニメを問わず、映像作品火災や爆発、人の死が絡むシーンに関しては、引きずるかもしれない状況です。もう少し落ち着いたら京アニ作品を中心にアニメ視聴に復帰したいです。まずは自宅に小説もある「ヴァイオレット・エヴァーガーデン」かなあ。

ただ、このまま悲憤慷慨に明け暮れるのは、理不尽な暴力に屈したようで癪です。悲嘆や怨嗟、不条理に対する憤り以上に、国内外のアニメファンや企業、公人私人を問わない方々の暖かな支援の声を聞いています。いつまでも悲しみに沈んでいるのも自分らしくありません。私も落ち着き次第、京アニや被害者の方々に何らかの形で支援をさせて頂きたいと思っています。募金もするし、BDやグッズも買って応援したいです。たとえ何年、何十年かかったとしても。

私たちは、いま

最後に。昨日、よく通う街のアニメショップで京アニの原画展の最終日を迎えたので行くことに。線一本一本の繊細さと丁寧な仕事ぶりに驚嘆しました。まさに職人技。こうした精巧さの基にあるのは、京アニの時間をかけて人を育てる風土の賜物であることを実感した次第。











*1:鍵垢には籠っていましたが