行雲流水

ごきげんよう

グランベルム プリンセスのふたり

2019年夏季は女と女との間の巨大感情が熱かった(今更)

魔力が命をとろ火で煮込む

本作『グランベルム 』はファンタジー要素のあるバトルロワイヤル形式のロボットアニメである。熾烈な戦闘の中で応酬される少女同士の感情による殴り合いは特に見ものだった。その中で個人的に注目したのはアンナ・フーゴ。端的に言えば主役の片割れの新月エルネスタ深海絶対殺すウーマン。

「わたくしは貴女を、お前を!消せればそれでいいのです!!」とか「誰も彼もお猫もお杓子も新月新月新月ゥゥゥ!!」とか怪気炎を上げる剣幕、ボキャブラリーのチョイス、そして自分のすべてをかなぐり捨てる勢いで新月への怨恨と憤怒をぶちまける展開が最高すぎた。

彼女の狂犬ぶりは『Fate/Zero』のバーサーカーを彷彿とさせ、名家の実子でありながらその才能が養子に劣るという立場はさながら『Fate/Stay night』の間桐慎二の境遇に近しい。そういった事情は同情に値すると思う。が、赤の他人のそんなものなんてはなから望んでもいないし、むしろ同情などさせるものか、という無言の圧力すら感じさせるのが個人的に高ポイント。ミス・ルサンチマンという7話のサブタイトルはあんまりだし、次回予告の「すべてをかけたストーキングという名のライフワーク」は人を笑かしにかかるパワーワードだった。

アンナと新月のボタンの掛け違いが何とも物悲しいが、アンナ・フーゴ新月エルネスタ深海一人のためにすべてを焼き尽くす勢いで迫った怒濤の攻勢に息を呑んだ。まさに抜山蓋世の意気。日笠陽子になんて演技をさせるんだ(褒め言葉)。花田十輝恐るべし。『ローゼンメイデン オーベルテューレ*1で相手への親切心がかえって可愛さ余って憎さ百倍の事態を招いた顛末を描写し、アニメ版『響け!ユーフォニアム』で努力だけでは覆しがたい無慈悲な才能の壁の存在を示した人物だからこそ表現し得たアンナ・フーゴというキャラだと思う。そんな彼女が存在すら過去現在未来に亘って抹消されるのは無慈悲そのものだった。

沸騰していく少女たちのエモーショナルエクスタシー

7話のアンナロスの飢餓感に喘ぐかと思ったけど、長きにわたって戦い続けてきた袴田水晶という姉妹丼を狙う女が空洞を瞬く間に塞いでしまった。大ボスと思しい人物の側近の立場から裏切りの末ラスボスになったという位置付けは『ファイナルファンタジー6』のケフカか、『新桃太郎伝説』のカルラか。

それにしても袴田水晶、いくら顔を歪めてご大層な長広舌を悠木節に乗せて捲し立てても、1000年間マギアコナトスのパシリを続けてきたせいでプリンセプスの魔術師になれなかった、という厳然たる事実の前では彼女も憐れむべき人形に過ぎない。彼女の役割は魔術師にふさわしいかどうか少女を篩にかける審判員。最終的に否定されることが前提の存在なわけで、正直生い立ちからしてマギアコナトス最大の被害者だと思う。

満月新月陣営がそんな彼女に対抗するわけだが、終盤で小日向満月がマギアコナトスにその存在から記憶に至るまで“偽造”された人形であることが発覚する。

「私は人形なんかじゃない!私は新月ちゃんの思いの結晶なんだよ!悲しみ、苦しみ、願いが詰まった人形なんだよ!新月ちゃんの心が折れないように私の心も折れない!」
11話より

意図して存在を作り出したというよりは、鏡に映った自分の胸像が意志を獲得した存在、と表現した方が性格なのだろうが、自分の“作品”にここまで思われるようになった新月ちゃんは果報者だ。「私の夢も希望も、言葉も思いも全部、新月ちゃんのものなんだよ」だから仕方ないね。最初はマギアコナトスの魔力から生まれたはずの満月が、なぜ自分の由来そのものを否定するという矛盾めいた行為を肯んじるのか訝しんだけど、そもそも新月の心そのものだったというなら合点が行く。

長々と語ったが、ロボット×百合アニメとしてはなかなかエキサイティングな作品だった。かつて同じ題材としての地位を嘱望されていた『レガリア』が低空飛行に終わったことでロボット×百合は『神無月の巫女』以来不毛の地となっていて諦観を抱いていた最中の慈雨となったのが本作『グランベルム 』だというのが個人的な位置付けである。

ところで、トンカツまんの商品化まだ?

*1:水銀燈の真紅に対する「優しい言葉をかけたのも、手を差し伸べてくれたことも私を哀れんでいただけ。上から見下ろして満足していたんでしょう」「うるさい!嫌な女。少しばかり恵まれて生まれただけなのに。たまたま上手く作られただけなのに。私の存在なんて、貴女にとっては自分の価値を高めるだけだった」といった台詞がそれを雄弁に物語っているし、真紅は水銀燈について一応「サラのもとで幸せに〜」と考えてたけど、新月は「才能があると憎まれてつらいわー」みたいなみたいな無自覚天然煽りをアンナの前でかましまくってたので、似たように拗れた関係でも、真紅よりも新月の方が拗れたことへの非が大きいことがわかる