今こそアーレントを読み直す
- 作者: 仲正昌樹
- 出版社/メーカー: 講談社
- 発売日: 2009/05/19
- メディア: 新書
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20世紀のドイツの思想家であるハンナ・アーレントの思想を解説した本。
アーレントに特徴的なのは、全体主義の危険性を唱えつつも、それに対して明確な解決策を述べないこと。自他、善悪といった二項対立、異質の排除といった「わかりやすさ」に与しないのが彼女らしい考え方。
ちなみに彼女はイデオロギーに基づく「善」をちらつかせるナチス、ボリシェヴィキといった「世界観政党」に注意し、利害から離れて「善」とは何かを議論すべしという、決して楽ではない道を示している。その過程で人間の内側に人間の内側の全体主義を望むメンタリティを炙り出す。
アーレントは「人間らしさ」という、皆わかっていそうでわかっていないことも問題として採り上げている。「ヒューマニズム」といえば今では「人道主義」と訳されることが多いが、元々は古代ギリシア、ローマへの回帰が訴えられたルネサンス期における人間らしさ、人間の本質を求める潮流=「人文主義」を指す。この中で彼女は人間の最重要条件を古代ギリシア以来の、他の人格を前提とする「活動」に求める。この「活動」こそが自分のみならず他者への配慮を伴う「公共性」を生み出す源泉であり、政治の基本的条件である。
そもそも、人間らしさというのは愉快なものであるとは限らない。フランス革命においてロベスピエールは人間の「共感」を政治原理として強力に推進し、偽善性を否定したが「弱者に共感しない者」に対し排他的、攻撃的になり、恐怖政治に走った。偽善(hypocrite)の語源は古代ギリシア語の「役者」(hypocrites)の見せかけの善であり、人間の善良な本性に懐疑的なアーレントにとっては、見せかけの全否定は人間性の全否定につながる。だから、必要以上に人を偽善者呼ばわりする人間は疑って掛かるのが賢明である。
アーレントの名前はアウシュビッツ収容所におけるホロコーストの実行犯として有名なアイヒマンの人間性をサイコパスじみた反社会性に満ち満ちた悪人ではなく、淡々と機械的に「凡庸な悪」と評した人として知っていたが、その思想の内容を詳しくは知らなかったのでためになった。刺激的な一冊。