これからの「正義」の話をしよう――いまを生き延びるための哲学
これからの「正義」の話をしよう (ハヤカワ・ノンフィクション文庫)
- 作者: マイケルサンデル,Michael J. Sandel,鬼澤忍
- 出版社/メーカー: 早川書房
- 発売日: 2011/11/25
- メディア: 文庫
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ハーヴァード大学で歴代最多の受講者数を誇る「正義」の授業をベースとした本。アリストテレス、カント、ロールズなどの哲学者の理論やリバタリアニズム、功利主義などの視点から「正義」について語る。
結論から言うと、この本で語られる正義は、
1 福利と功利性を最大化すること
2 選択の自由の尊重を意味すること
3 美徳の涵養と共通善の判断の考え方に属する
こととしてまとめられており、人間が社会生活を営む上で不可避な意見や立場の不一致を受け容れる共通の文化を作るためにあるものとして語られる。ここからも、特定の道徳観念や自分の正義の押し付けの愚かさと危険さが明るみに出る。
一番興味深かったのはカントの理論。彼は『道徳形而上学原論』で、偶然に左右されやすい市場の自由を本当の自由とせず、自律的(自分の定めた法則に従うこと)に行動してこその自由であると主張する。 それは、行動の動機そのもののために選択して初めて本当の自由ということ。要は、「俺はお前が嫌いだが、人助けが自分の義務であり、行動原理だから」と言って人助けをする人が最もカントが理想としている人に近い。
自由とは何なのかという話も勉強になった。とにかく個人の自由や自己所有権を重んじるリバタリアンだったら、売春はともかく自分の臓器売買や赤ん坊の売買とも解釈できる代理出産契約も容認すると思われる。また、最大多数の最大幸福を目指す功利主義者なら、少数派の生命を犠牲にしてでも多数派のために社会の繁栄を志すだろう。 こうしたリバタリアンや功利主義者の想定する「自由」は本当に自由なのか、正義に適うのかという話はとてもスリリングだった。この世に金で買えないものはあるのか、あるとしたらそれは何なのだろうか。
そして、兵制について。志願兵制と徴兵制はどちらが公平なのか。一般的に志願兵制のほうがいいと言われるが、兵役を志願せざるを得ない(他の職につけない)貧困者が多い一方で富裕層は兵役を逃れやすいから、国民全員が対象の徴兵制のほうが痛みを公平に分配できるのでは、という問題もある。また、外国人兵士や軍隊を自由市場に委ねるべきなのだろうか。
全体としてかなり刺激的だった。私は著しい社会的・経済的不平等は格差と貧困云々以前に多様性と柔軟性を奪う(不平等が小さいほうが、政治腐敗、政府や市場の失敗といった社会問題を明確化できるだけの透明性と寛容性がある)と考えているので、それを是正するのが正義だと考えている。