疾風勁草

子曰く、歳寒くして然る後に松柏の凋むに後るるを知る

ブラック企業 日本を食いつぶす妖怪

ブラック企業 日本を食いつぶす妖怪 (文春新書)

ブラック企業 日本を食いつぶす妖怪 (文春新書)



 パワハラや過酷な長時間労働を強いる、いわゆる「ブラック企業」の問題を、個人の問題としてではなく、社会問題として提議した一書。実際に退職を余儀なくされたケースや、過労自殺に追い込まれたケースなど、事例を通じてその手口が明らかになる。著者は若者の仕事に関する相談等を行うNPOPOSSE」の代表。

 本書では実際に社員が過労自殺したケースとして「ワタミ」、「大庄」、「ウェザーニューズ」の事例を採り上げているが、社員を使い捨てる手法はある程度共通している。こうしたブラック企業は主に若い社員に見返りの(ほとんど)ない献身を強要し、心身ともに消耗するまで使い潰し、その後で捨てているのだ。

 まず新人研修等を通じて新入りの段階から、些細なミスだけで罵倒し、人格を完全否定。その後もパワハラ、必要以上の長時間労働や自己否定を通じて精神的にも体力的にも圧力をかける。さらには、退職の際にも脅しをかけ、その理由を自己都合退職*1にさせるなど、そのやり方は徹頭徹尾卑劣で悪どい。

 会社を維持する観点から見れば、実はブラック企業の手法は合理的ではある。消耗した部品を交換するように、社員を入れ換えればよいのだから。たとえば、こんなふうに。「現役ブラック企業社長が、社員を安くこき使う華麗な手口を暴露!」

 本書の意義深い点は、何と言っても、ブラック企業が若者の鬱病、医療費や生活保護の増大、少子化、消費者の安全崩壊、教育・介護サービスの低下を招いている、といった社会問題として採り上げた点。これまでは「根性が足りない」、「俺はもっと苦労した。だからお前も苦労しろ」、「仕事を選り好みするな」といった個人の問題に帰する意見が多く、社会問題としてまともに取り上げられることは少なかった。こういう悪い意味で体育会系というか、根性論的な意見は、不快を通り越して害悪である。社会問題から目を逸らさせるという点で。

 過酷な就労自体は高度経済成長期からあったが、当時のようなメンバーシップ型社会が機能不全*2に陥っている点に大きな相違点がある。仕事が原因で負傷、疾病に陥っても、労働災害補償保険ではなく、健康保険や国民健康保険*3が対象になることが多い。こうして、現代に至ってブラック企業の問題が浮き彫りになった。

 本書はブラック企業への対抗策として、労働法や専門家の活用を提唱。ブラック企業が戦略的に社員を使い潰すなら、こちらも戦略的に立ち向かうべきだと述べる。労働審判は簡易な手段だが、裁判所を利用するものであり、やはりある程度の時間と費用は必要。「自分を悪いと思わない」というのは簡単なように見えて、意外と難しい。POSSEブラック企業の相談をする人は、自分が悪いと思い込んでいる人が多いと言う。

 ただ、一部X社、Y社と匿名にしていた点は気になった。社名を明かしていたら、もう少し評価が高かった。見当はつくけど。 X社は間違いなくユニクロを展開しているファーストリテイリングだ、うん。

*1:雇用保険に3ヶ月の給付制限期間がつくなどのデメリットがある。

*2:つまり、終身雇用や年功序列賃金が保証されておらず、その労苦に見合うリターンを得られない状態で強力な指揮命令権を行使して長時間労働サービス残業を行わせる、ということ。

*3:労災保険は労働者の自己負担分がない上、原資を全額企業が拠出しており、企業の責任を追及するという役割を果たしている。が、健保や国保の場合は原則3割の自己負担があり、原資も被保険者の拠出分がある。国保の場合は健保で支給される傷病手当金もなく、より不利である。