疾風勁草

子曰く、歳寒くして然る後に松柏の凋むに後るるを知る

ツァラトゥストラかく語りき

ツァラトストラかく語りき 上巻 (新潮文庫 ニ 1-1)

ツァラトストラかく語りき 上巻 (新潮文庫 ニ 1-1)

ゾロアスター教の教祖として知られるツァラトゥストラは、世間を離れて山に籠っていたが、ある時「神は死んだ」と宣言して世間に戻る。そして彼が行く先々で「超人」や「永劫回帰」、「(権)力への意志」といった思想を説く、という形式の本。

何よりも目に付いたのは、文章全体から伝わってくる、誤魔化しようのない高揚感と躍動感。ツァラトゥストラは背後世界(人間が救済される神の国)、ルサンティマンに基づくキリスト教的道徳を捏造した人々を痛烈に批判し、内側から湧き出てくる生のエネルギーをありのままに肯定する。それは背後世界の人々や、「汝かくあるべし」と説く人々(重圧の霊)の観念が、人間の現実から剥離し、本来持っている生きる力を奪うため。

「権力への意志」とはそのような体の内から立ち昇る、生きんと意欲する力のこと。あらゆる事物、現象がループのように繰り返される「永劫回帰」の中で、厭世的なニヒリズムや過酷な現実をも受け容れて、克服する。それができるのは、著者ニーチェの理想とする存在=「超人(Übermensch)」です。英語で言うと、super manというよりはover man。

超人は背後世界の人や、彼らによってニヒリズムに囚われた「末人」と異なり、「善悪」よりも「美醜」や「貴賎」を価値の基準とする。権力の意志を持つ者は高貴である、という具合の評価を下す。そのようにして、弱者に同情するよりも、過酷な現実を超克して古い価値観を壊し、新たな価値観を創造するのが超人の役目。

全体を通して伝わってくる偽りのなさには、ただただ清々しいと思うばかり。体の中を「紫電」が駆け巡るようで、胸が透くという以外の感想が思い付かない。格調高く、かつ素朴に生命賛歌を歌い上げる文章から、この本が哲学書であることを忘れて忘我の境地を漂っていた。それほどの怪著。