石橋湛山評論集
- 作者: 石橋湛山,松尾尊兌
- 出版社/メーカー: 岩波書店
- 発売日: 1984/08/16
- メディア: 文庫
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透徹したリベラリスト
しばらくはアニメや小説のレビューの他、自分の考え方に影響を与えた本についても取り上げていきたい。何冊になるかはまだ見当はつかないけど。いわば今までの自分の内面のメンテナンスであり、チューニングをしたい。
明治、大正、戦前戦後の昭和の3つの時代にかけて、徹頭徹尾リベラリズムの見地から日本社会の在り方に持論をぶつけてきたジャーナリストの評論集。とくに有名なのは、人口増加の対応策を海外への植民地拡大ではなく、他国と国交を維持しつつ産業や海外貿易の振興に求める小日本主義を主張した「一切を棄つるの覚悟」であろう。朝鮮半島や台湾、満洲国からもたらされる利益が米英など先進国との貿易額に比べれば少額であるという論拠も示す。惜しむらくは日本の世論の間に、満蒙の地は「十万の英霊、二十億の国帑」を費やしてようやく獲得したものであるという意識が強すぎて、植民地を手放せなかったことだろうか。
石橋湛山の評論において目を瞠るべきなのは、俗流に迎合しない姿勢である。「哲学的日本の建設」の中で日本人の精神が利己につけても利他につけても「浅薄弱小」であるために、他人に気兼ねを重ねて狎れ合い、自己の権利を権利として主張できないことを指摘していたのには頷くほかなかった。今も変わらないな、と。「白蓮夫人の家出」で運転手とあわや情死するという心中未遂を起こし、「罪なき者この婦を打て」と『新約聖書』「ヨハネによる福音書」の一節の「汝らの中、罪なき者まづ石を擲て」という罪人に石を投げる人々を戒めるイエスに準えて世間に色情狂として非難されていた芳川伯爵夫人の擁護論を展開したことには拍手を送りたい。
他に見事だと思ったのは、「近来の世相ただ事ならず」で著者が言行不一致の浜口雄幸首相に辞任を求める論を張る一方で、自身が戦後首相に就任後、病気により首相の座に恋々とすることなく辞任したように筋を通した点である。今も昔も、政治の世界には自分にできないことを他人に求めて相手を論難する場面が多すぎるからだ。政治家ですら言行を一致させるのは難しい。いわんや一般庶民をや。
他にも、「愚なるかな神宮建設の議」で明治天皇の崩御に際して明治神宮の建立に腐心する世論を見て「家業を休んで親戚に石塔の建立を親戚に相談するようなもの」と批判して、代わりに「明治賞金」なるノーベル賞のように人類社会に貢献する偉業を成し遂げた者を賞する基金の創設を主張したのが印象深い。俗流に迎合しない姿勢を示していた見習いたい。「精神の振興とは ほか」の中で、25歳以上の男子の普通選挙が実現した際に加賀前田家の末裔の前田利定子爵が親のすねかじりが25歳になって選挙権を得るのは不合理だと言ったことに対し、「先祖のすねかじりならば、貴族院議員になり、大臣になっても宜しいかと。」と批判したのはどこか痛快である。
全体を通して、主義主張に賛同するかどうかは別として、こういう曲学阿世という四字熟語と正反対の生き方をする人は世間に一人は必要だと強く思った。