東洋文化史
- 作者: 内藤湖南
- 出版社/メーカー: 中央公論新社
- 発売日: 2004/04/10
- メディア: 新書
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日本における東洋史の基礎
本書は中国史に古代、中世、近世、近代といった近代歴史学的な歴史区分を導入し、唐と宋の間に大きな制度的・社会的な変革があったとする唐宋変革論を唱えた近代日本の東洋史学の第一人者による論文・草稿集である。今となっては古さが目立つものの、読んでいてなかなか有意義な本だった。
著者の内藤湖南は「日本風景観」では日本の風景を象徴するものとして志賀重昂が挙げた松や桜の他に日本に多い火山の裾野を挙げ、「日本文化とは何ぞや」では古代の日本が中国の制度や文化、宗教を翻案しながら導入してきた歴史を強調する。守旧的、停滞的というイメージの強い東洋史に対して、日本からは「加上」*1の原則を発見した富永仲基、地動説や万有引力、無鬼論*2を説いた山片蟠桃を、中国からは唐代に時代が下るにつれ世界は改善に向かいつつあるという進歩的な歴史観を主張した杜佑、「六経皆史」と経書を史書とみなす独特な史観を説いた章学誠といった思想家や学者を挙げてそのイメージの払拭を図る記述があったのが印象深い。
こうした論説から窺えたのは、当時の国際社会における日本の座標軸の模索。先に挙げた内藤の持論から、日本が中国の制度や文化をそっくりそのまま導入しようとした朝鮮と違って翻案したこと、日本は決して旧態依然とした国家ではない、といった意識が滲み出ていた。福沢諭吉の脱亜入欧を奉じて欧米諸国に追いつかんとする一方で、彼らの高慢さ、鼻持ちならなさに辟易するというディレンマに陥っているように見えた。この点にも「歴史は現在とかことの尽きることを知らぬ対話」というE・H・カーの金言に通じる歴史家にとっての宿命が当てはまるようだった。
唐宋変革論
内藤湖南の功績は先にも挙げた中国の歴史に近代歴史学的な古代、中世、近世、近代という区分を導入したこと、唐宋変革論を唱えたことにある。ここでいう唐と宋の間の大きな変革については「概括的唐宋時代観」に詳しいが、政体的には唐代までの貴族の協議制から科挙官僚が支える皇帝独裁体制への移行、経済的には絹布や綿などの現物経済に代わる農村など末端に及ぶ貨幣経済の浸透、学問・文化的には師や家の法を忠実に守るやり方から独自の解釈を加えるやり方に変化し、庶民も文化の担い手となった、といったものが挙げる。
この卓論は中国史のデファクトスタンダードとして君臨し続け、古いと言われながらも今も影響力を持ち続けている。今では唐宋変革論だけでは捉え切れないことなど枚挙に遑がないだろうが、これを踏まえつつ、歴史を見る目を養っていきたいと思った。