疾風勁草

子曰く、歳寒くして然る後に松柏の凋むに後るるを知る

マネー・ショート 華麗なる大逆転

今回は先日見た映画について。

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疑うこと、そして無常さ

この映画は隻眼の天才相場師マイケル・バーリ、マイケルの先見の明を見込んだ銀行家のジャレット・ベネット、サブプライムローンに懐疑的なヘッジファンドのリーダーであるマーク・バウム、彼ら3人を後押しするベン・リカートという4人のアウトローが、いかにしてサブプライムローンが焦げ付き、株価が暴落する中で大金を得たかを描いた金融ドラマである。マイケル役のクリスチャン・ベール、ベン役のブラッド・ピットなど、映画俳優に疎い私でも知っている俳優が出演しているのも気になっていた。

本作の背景については、2000年代初頭のITバブルは終焉を迎えたものの、不動産業界は好景気であり、低所得者向けの住宅ローンであるサブプライムローンという金融商品が隆盛を極めていた。さらに、ウォール街では、そのサブプライムローンがデフォルト(債務不履行)した際の保険となるCDS、さらにCDSを債券化して金融商品としたCDOを売りに出すという「錬金術」に浮かれていた。専門家に譲るとします。簡単な金融用語や概念については、入浴中の美女、レストランの料理人、カジノのディーラーやギャンブラーといった愉快な面々が解説してくれるけど、詳細な解説は専門家に任せるとします。このあたり、何ともバラエティ番組っぽさを感じる。

顛末を見届けて思っていたことは、まとめると2つ。システムが人を「疑う」ことを忘れたロボットにしてしまったこと。果てなき欲求の先には災難と無常感があること。

2000年代中盤~後半のウォール街では、住宅価格は右肩上がりを続け、下がることはない、という希望的観測が疑念の余地を挟まない「常識」=システムとしてまかり通っていた。自分で直接見聞きしなくても、システムを信じていれば「絶対に安全」「絶対に起こらない」だと思われていた。実際、そんなことはあり得ないのに。マイケルのようにシステムを信じない者に侮蔑や怒りの表情を浮かべ、露骨に拒否感を示す。同調圧力が強く、「出る杭は打たれる」なんて言うことわざのある国の人間としては、共感できる内容だ。銀行、証券会社、格付け会社の金融マンたち。システムを信じ切る一方で、皮肉っぽい態度を取る者が多い、という点に後で少し触れるが、生活を豊かにするためのシステムが人の疑心や危機感や鈍麻させてしまったという皮肉がある。そのシステムとは、欲に目が眩んで人の心を失った獣よりは、「常識」を疑わずに淡々と働くロボットを生み出すものであった点も印象深い。

本作の冒頭でも言っていた通り、問題は過ちをすることではなく、過ちに気づかないことなのだ。業界も業種も私とは大きく異なるものの、仕事柄念入りな確認といい意味で「疑う」ことが求められる者としては、肝に銘じておきたい教訓である。

ただし、個人的にその前提として知っておいてほしいこともある。それは、1970代以前の金融マンは地味で所得も低いという負い目や、何とかしてマイホームを持ちたい低所得者にとってサブプライムローンは慈雨であったことである。金融マンが彼らの欲得だけで算盤勘定し、自分の詰めの甘さで資金を失うなら、自業自得で済む話だ。だが、その根底に豊かになりたい、という万人に通じる欲求があることを踏まえると、欲望が災難を招いたという虚無感が残る。というわけで、副題の「華麗なる大逆転」から、「半沢直樹」的な勧善懲悪のドラマを期待していると、肩透かしに遭うだろう。

なお、原作本はこれだが、やはり経済や金融についての基礎知識がないと、読むだけでも骨が折れる内容になっている。