2021年5月の読書
5月の読書メーター
読んだ本の数:14
読んだページ数:4742
ナイス数:152
赤と黒〈上〉 (岩波文庫)の感想
1830年のフランス七月革命直前のフランスを舞台とした小説。ナポレオンを崇拝する貧しい職人の子・ジュリアンが貴族の家の家庭教師となったことを皮切りとした彼の野心を描く。ジュリアンが「自分で考え、判断する」ために聖職者としての出世の道が断たれるという展開は、彼の聡明さと進取の気性を浮き彫りにしていると同時に盲目的服従を強いる教会組織の病理も描写しているように思った。
読了日:05月01日 著者:スタンダール
赤と黒〈下〉 (岩波文庫 赤 526-4 9の感想
紆余曲折の末ラ・モール侯爵家の秘書の座に収まったジュリアン。同家の令嬢マチルドとの関係の描写が熱を帯びていた。ジュリアンの生い立ちを軽蔑していたマチルドが、彼を時に憎み反発しながらも彼の魅力に惹かれて恋に落ちる過程は現代のラブストーリーにも通じるものがあった。それをあちこちに不穏な兆しが見え隠れする当時のフランス社会の文脈において描写する筆力に脱帽するばかり。
読了日:05月02日 著者:スタンダール
新しい世界 世界の賢人16人が語る未来 (講談社現代新書)の感想
今を時めく16人の学者が語る現代社会の問題に関するインタビュー集。このご時世だけにアフターコロナの話題が中心。フクヤマ氏のポピュリズム批判、モロゾフ氏のネオリベラリズムとソリューショナリズムの関係、ピケティ氏の労使共同決定と私有財産の時限化、サンデル氏の能力主義批判に関する話題が特に興味深かった。
読了日:05月04日 著者:
死者の奢り・飼育 (新潮文庫)の感想
芥川賞受賞作『飼育』を始め初期の大江作品を収録。明晰かつ淡々とした文体ながら、対象の描写は重々しく不気味なので、読んでいてなんとも言えない気分に陥る。『飼育』『戦いの今日』の二作で日本人の少年と米兵の現実世界の優位/劣位を転倒させた関係を描いている点に『万延元年のフットボール』でも明らかになっていた戦後日本を生きる者の屈折が、一流のストーリーテリングとともに語られていると思った。
読了日:05月05日 著者:大江 健三郎
氏名の誕生 ――江戸時代の名前はなぜ消えたのか (ちくま新書)の感想
江戸時代までの人名が、明治維新の「正名(名を正す)」政策により「氏名」に取って代わる経緯を著者の研究成果を踏まえて解説。明治維新によって庶民も苗字を名乗るようになった、とよく言われるがその過程の紆余曲折がよくわかる。前近代の日本の人名の数の多さや複雑さに改めて驚く。当時は「大岡越前」など官職由来の名前で呼ぶことが多く、名乗の「忠相」呼びはあまりしなかったことは、一応史実に忠実な設定であることを知る。他にも武士としての名と農民としての名を同時に持つ「壱人両名」なる制度が存在したことなどは興味深い。
読了日:05月07日 著者:尾脇 秀和
性的人間 (新潮文庫)の感想
性的言動を通じて人間の本質に迫る3篇。描写対象そのものは非常に濃ゆいはずだが、文章は明晰なためとても読みやすくはある。特に『セヴンティーン』における主人公の性にまつわる自意識の描写の濃厚さと、左派知識人の受け売りを自衛隊病院に務める姉に「論破」されてからの行動の振れ幅の大きさは、彼の「若気の至り」の片言隻句では収まらない勢いがあった。今まで読んだ小説の中でも、指折りの一篇だったと思う。
読了日:05月09日 著者:大江 健三郎
あなたの人生の物語 (ハヤカワ文庫SF)の感想
どの作品も設定や世界観に緻密さや美を感じられる上質な作品集。『バビロンの塔』における神の御業としての大洪水、『地獄とは神の不在なり』での天使降臨とその事実にひれ伏すしかない人々、『顔の美醜について』で容姿の美醜の判断基準を失認していたが後にそれを知ることになった人々の姿が目に焼き付くようだった。
読了日:05月13日 著者:テッド・チャン
新版-「生きるに値しない命」とは誰のことか-ナチス安楽死思想の原典からの考察 (中公選書)の感想
1920年にドイツの法学者と医師が発表し、ナチドイツの障碍者安楽死政策「T4作戦」の理論的根拠となった論文「生きるに値しない命を終わらせる行為の解禁」の全訳に解説を付した本。「(特に精神面で)重度の障碍を負う者の命を絶つことは善行であり慈悲である」と説く著作が現実に存在したことに戦慄した。ただ。WW1直後という時期の論文であることは留意する必要がある。他者だけでなく当事者が「社会や周囲に迷惑をかけたくない」という理由で安楽死を希望することも優生思想に繋がるとしており、安楽死問題はアポリアであることを痛感。
読了日:05月17日 著者:森下 直貴
歴史学ってなんだ? (PHP新書)の感想
学生時代から時折読んでいる本。学問としての歴史学のあらましと意義を解説する。史料批判等を通じて得た真実性を経由して社会の役に立てる学問が歴史学だが、役に立たせようとした成れの果てが戦前の「皇国史観」であったのは興味深くも皮肉である。
読了日:05月20日 著者:小田中 直樹
三体の感想
3巻発売に備え再読。文革を導入部分として広がっていくストーリーラインと、汪淼がVRゲームを通じて体験した三体世界の奇妙さの印象が強い。
読了日:05月22日 著者:劉 慈欣
三体Ⅱ 黒暗森林 上の感想
三体人が派遣した智子や破壁人の設定とそれを欺こうとする面壁者の壮大なスケールの頭脳戦は目を瞠るものがある。この巻から面壁者を取り巻く社会の描写もだいぶ面白くなってきた。
読了日:05月24日 著者:劉 慈欣
三体II 黒暗森林 下の感想
だいぶ時間経過のペースが速くなった下巻。「水滴」の描写の美しさと所業の恐ろしさはどうにも忘れられない。一方で、羅輯・史強コンビが実に頼もしく思える。
読了日:05月26日 著者:劉 慈欣
三体III 死神永生 上の感想
壮大にして痛快なSFエンタメ小説の傑作『三体』の完結編。三体人がこのまま襲来してくると思いきや、面壁計画の裏で進んでいた階梯計画やら、どっこい生きていた羅輯やら、地球を離れ太陽系の各所で建造された宇宙都市やら、「水滴」の魔の手を免れた宇宙艦隊の残存艦の長旅やら、従来のSF作品の要素全部盛りの勢いに知的好奇心を擽られた。
読了日:05月29日 著者:劉 慈欣
三体III 死神永生 下の感想
最終巻。雲天明のおとぎ話が始まったときはどういう展開になるか予想もつかなかったが、本当に途方もない結末に至ったと思う。『魔法少女まどか☆マギカ』の最終話を見終わったときの感覚に近く、完走した達成感と「どう受け止めればいいのかわからない」というような行き場のない困惑が残った。理解に困る部分は多々あるが、SF作品としては理解しがたいものがあるくらいが丁度いいんじゃないかというのが正直な感想。時間をおいてまた読んでみたい。
読了日:05月30日 著者:劉 慈欣
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