行雲流水

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異常とは何か

異常とは何か (講談社現代新書)

異常とは何か (講談社現代新書)


「正常」と「異常」の境界線について現役の精神科医が論じた本。精神医学を「狂気を排除する」と主張したフーコーの説も批判的に検討されている。

正常、健康であることが常にポジティヴ、異常、不健康であることが常にネガティヴであるというのは今も昔も同じだが、その物差しは時代ごとに変わります。現代語の「マニア」の語源である古代ギリシア語の「マニアー」は「躁病」、さらにたどれば「預言者」という意味であること、「大宝律」に記述のある「癲狂」は誇大妄想、パラノイアのことであり、彼らは犯罪を犯しても刑罰を軽減される存在であることなど、面白い記述が多くある。他にも、「狂」という字の「王」はシャーマニズムの儀式で使う神聖な鉞(まさかり)である、というものもある。

中世~近代の市民社会形成期には、一方で異常なる者が高く評価され、他方で排斥されるという一見逆説的な現象が起きた。これにはキリスト教信仰熱が高揚する一方で、都市部を中心に脱宗教化(世俗化)が進んだという背景がある。14世紀のペスト大流行、15世紀の新大陸発見、16世紀の小氷期到来など、社会が目まぐるしく変化する中で、鬱憤を晴らすためのスケープゴートが求められた。それが形になったのが「異端審問」、「魔女狩り」。

著者は現代日本に関して、「健康ファシズム」への警鐘を鳴らしている。これはメタボリック検診において血圧や体脂肪率などが正常値の枠内に収まらなければ、例外なく「異常」と診断するような風潮に見られる。これがナチスの行った優生学に基づく「遺伝病子孫予防法」制定などの政策を思わせるものだとして批判される。著者の見解は少し極端に感じられるが、大筋では納得。

秩序や規則も極端にまで推進すれば異常なものになる。何の事情も例外も考慮せず、「遅刻は規則違反」とするのは、全体主義的で柔軟性に欠いた。ルーズさや余裕さを許容したほうが寛容で住みやすい社会と言えるだろう。「異常」という問題には前々から興味があったが、満足出来る内容だった。