行雲流水

ごきげんよう

武田綾乃『響け!ユーフォニアム』

自分の読書遍歴の一区切りが付いた感じがする。多分次はあと1巻を残した『やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。』が終わった時に同じような気分を味わうことになるかと思う。

吹奏楽版スポ根青春小説の決定版

本シリーズはコミック化の他、2度のTVアニメ化と4度の劇場アニメ化を果たした、高校の吹奏楽部を舞台とした青春小説である。ユーフォニアム経験者だった主人公の黄前久美子は入学した北宇治高校の吹奏楽部の下手な演奏に愕然としつつも、結局成り行きで吹奏楽部に入部することになり…。

という通り一遍の導入はさておき、今回はアニメ版ではあまり重視されなかった小説版独自の視点を重視して本シリーズについて語っていきたい。一部キャラや制服などのデザインや方言(関西弁)といった設定面はひとまず置いておく。

何と言っても本シリーズを語る上で欠かせないのが、部内の人間ドラマである。集団であるが故に交錯し衝突する思い、時に空回りし、時に自分たちを突き動かす熱意、活き活きと描写されていた。そして、部活動と関係のない学校行事の描写をことごとく削ぎ落とし、練習やコンクール、人間模様にフォーカスしたストーリーには作者のストイシズムを感じる。

その中で流されやすい傍観者タイプだった久美子が部の当事者として成長する過程がしっかり軸として据えられているのが王道的である。麗奈の情熱、夏紀の優しさ、あすかの薫陶、秀一の支えをはじめとした人間関係から培った経験がしっかり血肉となる経緯が丁寧に明かされていた。久美子はユーフォニアム経験者で順当に毎年コンクールのAメンバーに選出されていたため、技術面での成長の描写は葉月がメインだったように思う。

脇道に逸れるが、小説とアニメの間で相互作用が機能していた点も挙げておきたい。中川夏紀や鎧塚みぞれのキャラクターデザイン*1はアニメ化後に小説に反映されたし、加部友恵や釜屋つばめ、井上順菜といったキャラクターは存在そのものがアニメ版から逆輸入されている。

吹奏楽部ならではの事情ー滝昇を中心に

TVアニメ2期を除き、アニメで背景について語られることが少なかった人物が北宇治高校吹奏楽部顧問の滝昇である。吹奏楽の指導者について、全国大会の本番を迎える直前のあすか先輩はこう語る。

「テニスとかバスケとか、そういうほかの部活やったら、指導者と選って一緒の場には立てへんやんか。でも、吹奏楽部は違う。滝先生を含めた五十六人が、皆で同じ舞台に立てる。それって、すごいことやとうちは思うねん。顧問と部員が同じ本番に挑めるなんて、吹部やなかったらありえへん」
響け!ユーフォニアム3』333頁

読んでから私は、吹奏楽部ならではの顧問と部員の関係について端的に述べており、本シリーズにおける滝先生の立ち位置も推察できるものだと思った。

最終巻である「北宇治高校決意の最終楽章」下巻も気になる点が多く、すべてを語りつくせないのが残念だが、とくに印象的だったのはコンクールの編成に苦悩する滝先生の姿だ。最後の全国大会を目前として、久美子はそれまで対立していた麗奈への尊敬の念と共に滝先生についてこう語る。

「私が麗奈を尊敬してるのは、ずっとそうだよ。でも、これまで麗奈に言ったことに対して、後悔はしてないの。私たちには考える頭があって、楽器を構える手があって、歩き出す足もある。ただ信じるだけじゃなくて、先生が見てるその先を知りたいって思うことって、きっといけないことじゃない。滝先生と考えが違う瞬間だってある。滝先生は完璧じゃない。だからこそ、私たちは滝先生についていくべきだって思った」
『北宇治高校決意の最終楽章』下巻 319頁

この時滝先生もまた指導者であるだけでなく、弱小となっていた北宇治高校吹奏楽部を強豪校へと導くと同時に部員と共に歩んできた一員でもあったんだな、と強く感じた。指導者の立場に徹していて、個人的には今までそれほど人間味を感じなかった滝先生から、人間らしい一面が垣間見えた瞬間だった。滝先生は神ではなく人だったんだ、と。

コンクールを取るか、部内政治を取るか。これは部が実績を挙げ、大所帯になればなるほど生じやすい悩みだと思う。 後輩である美玲が指摘した、滝先生の指導の下強豪校への道を歩んでいった3年生と、入部した時から既に強豪校だった1,2年生とでは意識や視点が異なる、という点とリンクする。こういった各人の視点を対比させて各々見方に差異があることを示しているところも本シリーズの特色である。

ともかく、滝先生が陥ったジレンマを的確に久美子に伝えた奏のファインプレーが光った。奏もなかなか気難しくて扱いにくい後輩なので、「波乱の第二楽章」の経験がなければ久美子には心を開かなかっただろう。情報通で観察眼に長けているだけのことはある。「最終楽章」はアニメ化が決定したが、どのような内容になるのか、待ち遠しい。

武田綾乃の文章

あなたは作家のストーリーテリングのようなマクロの表現よりも、個々の文章や語彙のチョイスのようなミクロな表現を好きになったことはあるだろうか?現代の作家で私にとって最も好きな文章を書く作家は、間違いなく武田綾乃である。もっとも、この点は今までほとんど注目してこなかっただけであるが。

武田先生の文体の特徴として、一文一文が短かめで読みやすいことがまず挙げられる。読点と読点の間に句点を2つ以上並べることは、単語を並列する時以外は稀である。個人的に切れ目のない長い文章があまり得意ではないので、このあたりは嗜好にマッチしている。リズムも取りやすくていい。

次に久美子の女体観察眼「心」「心臓」といった心理面を語る表現より「脳」「脳味噌」といった表現が即物的な思考の産物とも取れる語彙のチョイスが特徴的だと思った。個々人の心理に深入りするよりも、描写が重すぎず軽すぎず天秤の腕が偏らぬよう平衡を重視しているように思えて小気味良い。頭でっかちならぬ、心でっかちの唯心論的な文章もたまにはいいが、読んでいてしんどくなるから、やや素っ気ないくらいの方が好き。


というわけで長くなったが、武田先生はまだまだ若いことだし、本シリーズを上回る作品をいつか世に送り出してほしいと思う所存。

*1:主に髪型