疾風勁草

子曰く、歳寒くして然る後に松柏の凋むに後るるを知る

陳舜臣『中国の歴史』

神話から近代史までの中国史のダイジェスト

中国歴史小説の大家が語る祖国の歴史。サンフランシスコのチャイナタウンからアメリカの大陸横断鉄道建設に従事した同胞たちに想いを馳せつつ、三皇五帝の神話を語り始める場面から、中華人民共和国の成立までの長大な歴史を浩瀚な文献をもとに平易かつ流麗な文体で綴る。扱う時代のスパンの長さ、史料の質と量、読みやすさ、どれを取っても中国通史の決定版と呼ぶに恥じない完成度と言っても過言ではない。

われわれが中国の史書としてまず思い浮かべるのは「二十四史」だろう。これは歴代王朝の史官が「正史」として編纂した『史記』から『清史』までの史書を総称したものだ。二十四史は量が膨大であり、曾先之(宋〜元)の『十八史略』のようなダイジェスト版とも言える読本や、劉知幾(唐)の『史通』や趙翼(清)の『二十二史箚記』のような正史を基に独自の解説や考証を加えた史書も数多く存在する。

本書は現代の日本人のための中国の通史と呼べるもので、著者が同じ『小説十八史略』を小説から史書寄りにまとめたダイジェスト的内容と位置付けられる。

著者のアイデンティティと祖国の歴史へのいたわり

本シリーズは中国の通史であるが独自性が強く、著者の考えや思いにも触れられる内容である。台北にルーツを持つ著者・陳舜臣は大正時代の神戸に生まれている。二・二八事件中国国民党が台湾の現地人に白色テロを行って多数の死者を出した際には中華人民共和国籍を、天安門事件で政府当局が民主化運動を弾圧して多くの市民を殺害した際には日本国籍を、それぞれ抗議の意を示すために取得した。このような国を跨るバックグラウンドがあるからこそ、日本語で日本人向けに高度な中国の通史が書けたのだと思う。

本シリーズの特色を挙げるなら、漢詩の引用が多い点が最も顕著だろうか。杜甫李白といった史上随一の作品はもちろん、漢代以前や明清代の馴染みの薄い作品を引用しつつ詩そのものの解説と同時に当時の情勢を読み解く点に著者の博識と着眼点の鋭さが窺える。いつか『中国名詩選』や『文選』にもチャレンジしたい。

他には著者が元々推理小説作家であったことに由来すると思しい視点を随所に窺える点が挙げられる。斉の桓公や晋の文公が覇者となる経緯や呉王夫差と越王勾践の角逐が物語として出来が良すぎる点に疑問を呈したのは印象深かった。また、明代の各時期の陶磁器の出来映えを手掛かりに、当時の時代背景や歴代皇帝の力量を考察していた点が興味深い。

個人的な趣味を挙げるなら、やはり後漢末〜三国時代(とその後の南北朝時代)だろうか。数多の英雄豪傑が生まれた三国志の時代を含み、道教や中国における仏教の普及、周辺民族の盛んな流入などにより、いわゆるチャイナ・プロパーの再編が進んだ時代だが、著者の語る通り光彩陸離たる時代ではなく、光のとぼしい絶望の時代でもあるということを噛み締めておきたい。

このあたりには著者のいたわりが感じられてしみじみする。著者の日本国籍取得は本シリーズ上梓後だが、こうした視点の持ち主だからこそ、二・二八事件天安門事件のような惨劇に衷心から憤慨することができたのだと思う。